大阪地方裁判所 平成7年(ワ)13446号 判決 1998年2月09日
原告
髙本全範
右訴訟代理人弁護士
村本武志
被告
株式会社コーワフューチャーズ
右代表者代表取締役
高利男
右訴訟代理人弁護士
山下幸雄
同
中田敦久
同
岸田功
同
尾崎博彦
同
正脇律子
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、六六四万〇七四七円及びこれに対する平成八年二月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 原告は、先物取引の勧誘を受けた当時、四〇歳の金融機関職員であり、被告から勧誘を受けるまで、先物取引の経験はなかった。
(二) 被告は、商品先物取引業者であり、甲野太郎(以下「甲野」という。)は被告の大阪支店営業部係長、乙山次郎(以下「乙山」という。)は同営業部課長、丙川五郎(以下「丙川」という。)及び丁山は同営業部部長である。
2 本件取引の経緯
(一) 取引の端緒
(1) 原告は、平成七年五月九日ころ(以下、年については、特記しない限り平成七年である。)、甲野から、金の先物取引を勧誘する電話を受けた。
甲野は、面談訪問を求めたが、原告は、「いるかいないか分からない」と拒絶した。
(2) 甲野は、同月一二日午前一一時ころ、原告の勤務先を訪問した。同人は、原告に、原告の勤務先は同人の担当地区内にあるので、あいさつに寄らせてもらったと述べた上、先物取引のパンフレットやチャートを渡し、「今、金が絶好の買い時です。」、「一〇円上がればこれだけ儲かる。」などと述べて、金の先物取引の勧誘をしたが、原告は、「投資する資金もないし、先物取引の知識も興味もない。今は結構です。」と断った。
(3) 甲野は、同月一五日午前九時過ぎ、原告の勤務先に電話し、再度、原告に、金相場の値動きを説明し、原告が「朝は非常に忙しい。それに昨日はお断りしたはずだ。」と述べて電話を切ったのに、その後三〇分位して、再度原告に電話し、さらに金の先物取引を勧誘した。
原告は、再度これを断ったが、甲野は、説明を続けた上、「金を五〇枚買いました。私が話をしていたときに、相づちを打った。それで注文した。」、「私がセールスしていたときに、髙本さんはうんといわれました。」などと述べた。
原告は、「いつ私があなたに金五〇枚の購入を依頼したのか。先ほどより明確に断っているではないか。」と抗議したが、甲野がそれに取り合わなかったので、電話を切った。
(4) 原告は、その後、金の先物取引がされてはいないか、甲野の上司に確認しようと考え、被告に電話し、甲野の上司である乙山に対し、従前の経過を説明した上抗議した。
乙山は、原告に対し、本当であれば、甲野の外務員資格の取消も十分考えられると述べた上、このまま放置できないので、原告に直接会って説明したいと述べた。
(5) 乙山は、同日午後二時ころ、原告に面会し、原告から無断売買について抗議を受け、金五〇枚の買建玉の無断売買を認めた上、右無断売買が公になれば、甲野が外務員資格を失うこともあり得るが、その場合、取引所にその旨報告しなればならず、取引所が原告を調査することになり、原告に迷惑がかかると述べ、さらに、自分が責任をもって運用し、原告にこれ以上の支出は求めず、利益を上乗せして取引を終了させるから、金五〇枚の取引のうち、二〇枚については委託があったことにして欲しいと求めた。
原告は、乙山が「絶対に損はさせない。一週間位で終了させる。」と確約したので、金二〇枚の買建玉を承諾した。
その際、乙山から「委託証拠金は翌日の午前中に支払われなければならないが、今回はいつまでに入金してくれとはいわない。ただ、経理に対する報告予定もあるので、入金予定を教えて欲しい。」といわれたので、原告は、資金を準備するために定期預金を解約しなければならないので、翌日の昼過ぎに入金すると述べ、同月一六日午後二時ころ、乙山に委託証拠金を渡すことにした。
(6) 原告は、乙山に対し、五月一六日午後二時ころ、委託証拠金として一二〇万円を交付した上、約諾書その他一式書類に署名捺印して交付するとともに、乙山から、パンフレット、委託契約準則等を受取った。その際、乙山が、「昨日の取引であるということになっているので、昨日付けにしてくれ。」と求めたので、原告は、約諾書を同月一五日付けで作成した。
しかし、実際に金二〇枚の買建玉がされたのは、同月一六日午後二時三一分であった。
原告は、乙山から、受取った書類の説明を受けなかったが、乙山から、「絶対に損はさせない。一週間位で終了させる。」との約束を取り付けていたため、右書類を読まなかった。
(二) 取引の経緯
原告は、別紙先物取引経過一覧表(以下「本件一覧表」という。)記載のとおり、先物取引を行ったが、その具体的経過は、次のとおりである。
(1) 乙山は、五月二五日午後二時三〇分ころ、原告に電話し、金の相場が下落した旨伝え、このままでは追証の危険があるので、白金六〇枚の売建玉をするよう勧誘した。同人によれば、白金は五〇〇グラム単位であるので、白金四〇枚の売建玉をすることにより、金二〇枚の買建玉の損失を埋められるし、さらに、白金二〇枚の売建玉をすることにより、相場が下がれば、買建玉と売建玉を同時に仕切って、利益をあげられるとのことであった。
原告は、乙山に対し、話が違うと抗議したが、乙山は、絶対に損はさせないし、一週間位で取引を終了させると述べたことを認めた上、このままでは追証がかかるし、原告の投資した一二〇万円を取り戻すためだけならば、同月末までで取引を終了できるが、利益を上乗せして取引を終了させたいので、取引をして欲しい旨述べた。
さらに、乙山は、委託証拠金を「いつまでに入れてくれとはいわない。」等と述べたため、原告は、渡した金を返してくれれば十分であり、定期預金の金利分にあたる利益はいらないから、同月末までには取引を終了して欲しいと述べた上、白金六〇枚の売建玉を承諾した。
(2) 原告は、妻に事情を説明した上、二二五万円を妻の親から借り受けて、五月二六日、(1)の取引の委託証拠金として、被告に対し、振込送金した。
そして、原告は、乙山に電話し、右委託証拠金は親から借りたもので、短期に返さなければならないから、同月末までに取引を終了するように求めた。
(3) 乙山は、原告に対し、五月二九日、電話し、白金の相場が下落したと伝え、白金六〇枚の売建玉を仕切るとともに、金二〇枚の買建玉について、いわゆる難平として、金四七枚の買建玉をするよう勧誘した。
原告は、取引終了を求めたが、乙山が、「二〇万から三〇万の利益を乗せて返せる。」と述べたため、これを承諾した。
(4) 乙山は、六月一日、原告に電話し、金の相場が高騰したことを伝え、金四七枚の買建玉を仕切り、再度、金五〇枚の買建玉をするよう勧誘してきた。
原告は、乙山から取引についての説明を受けておらず、自己の取引に損が出ていると認識していたので、値が上がるのであれば、そのままにしておけばよいのであって、仕切れば、手数料を引かれ、あまり利益にならないのではないかとの疑問を呈した。
乙山は、これに対し、手数料を抜いても利益が出ている旨述べた上、利益金を委託証拠金にして、建玉を増やすことにより、損を取り返せると説明した。
そこで、原告は、これを承諾した。
(5) 丙川は、六月五日午後二時三〇分ころ、原告に電話し、「乙山が出ているので電話させてもらった。乙山より報告を受け、当初の事情は十分理解している。」と述べた上、金の相場が下落したことを伝え、追証の危険があるので、金と相場の動きが似ている白金一四〇枚の売建玉をすることにより、損を小さくするよう勧誘した。
原告は、取引の終了を求めたが、丙川は、通常であれば、難平をして単価を下げるが、原告には絶対損をさせられないから、白金の売建玉を勧めると述べ、「間違いない取引だ。」と述べた。
原告は、さらに、前回委託証拠金として入金した二二五万円は借入金であり、これ以上用意できないと述べ、右取引を断ったが、丙川は、「今は、それをしないとどうしようもない状況だ。資金のことは、後で相談に乗る。いつまでに入れてくれとはいわない。」と述べた上、「右取引の必要性を説明したいので、夕方面会したい。」と述べた。
原告が、妻にいっても納得しないから、丙川から妻に説明するよう求めたため、丙川は、同日午後三時過ぎ、原告の妻に電話した。
丙川は、その後、原告に電話し、原告の妻と話して資金の捻出が難しいことは理解したが、元本は確実に保証するので、取引して欲しい旨述べ、取引に損が出ていると認識していた原告は、これを承諾し、同日午後六時ころに丙川と会うことを承諾した。
(6) 丙川は、原告に対し、同夜、五月二九日の白金六〇枚の売建玉の仕切りは、乙山が早く精算しようとして功を焦ったものだと述べた上、本日の取引により、ひとまず安心な状況になったが、より多くの売建玉をした方がよいとして、資金捻出の努力をするよう促し、委託証拠金を入れずに取引することもできるが、それでは原告の利益にならないと説明し、委託証拠金の入金がなければ、建玉を仕切って委託証拠金に充当することになるので、委託証拠金として、現金ないし株券を入金して欲しいと述べ、原告にいつまでに入金できるか尋ねた。
また、同人は、原告に対し、「値洗いは別として、一〇〇万円ほどの利益が出ている。目標としては、一〇〇万円位の利益を乗せた形で返したい。」などと述べた。
原告は、同人に対し、これ以上の取引はできないと伝え、取引の速やかな終了を求めた。
丙川は、「相場が上がれば買いを、下がれば売りをそれぞれ落としていきます。」と約束したので、原告は、子供の将来の教育資金である預金を解約するなどして、株券を含め五二五万円の委託証拠金を準備し、被告に交付した。
(7) 丙川は、原告に対し、六月一六日、電話で、金五〇枚の買建玉を仕切って、白金の売建玉をすることにより、五月一六日の金二〇枚の買建玉の損を取り返せるとして、白金の売建玉をするよう勧誘した。
原告は、六月五日の話と違うと抗議したが、丙川が、仕切りにより、委託証拠金として必要な金員を用意できるし、確実に損が取り戻せると述べたので、白金八〇枚の売建玉を承諾した。
(8) 丙川は、原告に対し、六月二三日、白金の相場が下落していると伝え、白金八〇枚の売建玉を仕切って、金四五枚の買建玉をするよう勧誘した。
原告は、丙川が、白金を損切りし、金の買建玉をしないと、追証になると述べたため、これを承諾した。
(9) 丙川は、原告に対し、六月二七日、「相場が逆に動いている。損切りして追証がかからない状態にする。」と述べ、金五枚の買建玉を仕切った。
(10) 丙川は、原告に対し、七月一一日、金の相場が高騰したことを伝え、金の買建玉を仕切って白金の売建玉をすることにより、白金の平均価格を上げるよう提案し、五月一六日の金二〇枚及び六月二三日の金四〇枚の買建玉を仕切り、かつ金一〇〇枚の売建玉をするよう勧誘し、原告は、これを承諾した。
(11) 丁山は、原告に対し、七月一二日午前一一時過ぎ、電話で、「丙川が今外出中だ。急ぐので電話した。丙川とは、連絡を密にしている。」などと述べた上、白金の相場が高騰したことを伝え、このままでは追証になるとして、反対玉を建てるよう勧誘した。
原告が、これ以上の資金は出せないので、損をしてもかまわないから、今の取引を仕切るように求めたところ、丁山は、「大量の玉だから、処分できるか分からない。」などと述べたので、原告は、丙川から電話が欲しい旨述べた。
原告は、同日昼過ぎ電話してきた丙川に対し、丁山が反対玉の建玉を勧めてきたが、これ以上の資金は出せないと述べたところ、丙川が損切りしてでも仕切るよう勧誘したので、六月五日の白金四〇枚と七月一一日の白金二〇枚の売建玉を仕切ることを承諾した。
(12) 丙川は、原告に対し、七月一三日、白金の相場がさらに高騰したことを伝え、白金八〇枚の売建玉の仕切り及び白金六五枚の買建玉を勧誘した。
丙川は、同日、右のとおりの取引をした。
(13) 丙川は、原告に対し、七月一七日、電話で、追証がかかっているが、放置するように指示した上、「玉を仕切って追証がはずれるようにします。」などと述べ、六月五日の白金五〇枚の売建玉及び七月一三日の白金六五枚の買建玉を仕切り、金三四枚の買建玉をするよう勧誘した。
原告は、丙川が、少しでも損が回復できるし、新規に委託証拠金を支払わなくともいいと述べたので、これを承諾した。
(三) 仕切り拒否
(1) 原告は、七月二一日、相談した村本武志弁護士(以下「村本弁護士」という。)の指示により、丙川に対し、全建玉を仕切るよう求めたが、丙川は、明確な回答をしなかった。
(2) 原告が、丙川に対し、同月二四日、電話し、取引を終了したか確認したところ、丙川は難平を勧めてきた。
原告は、いくらいるかという原告の質問に対し、丙川が「資金的には約二〇〇ぐらい。」と答えたため、これに応じず、さらに仕切りを求めた。しかし、丙川は、同日、建玉を仕切らなかった。
(3) 原告は、丙川に対し、同月二六日、電話し、再度建玉の仕切りを求めたが、同日仕切られたのは、六月一日の白金一〇枚の売建玉のみであった。
(4) 原告は、丙川に対し、八月二日昼頃、電話し、取引状況を確認したが、建玉は仕切られていなかった。
原告は、さらに仕切りを求めたが、同日仕切られたのは、七月一七日付けの金五枚の買建玉のみであった。
(5) 原告は、丁山に対し、八月四日午後五時三〇分ころ、電話し、取引状況を聞こうとしたが、「担当者でないと分からない。」と返答を拒絶された。
(四) 取引の終了
村本弁護士は、原告代理人として、被告に対し、八月七日付け内容証明郵便を送付し、取引終了を求め、同書面は、翌八日午後〇時一八分、被告に到達した。
被告は、同日、七月一七日の金二九枚の買建玉及び六月五日の白金四〇枚の売建玉を仕切り、原告についての全取引を終了させた。
3 違法性
(一) 勧誘の違法性
(1) 不適格者勧誘禁止違反
高度の危険性を有する先物取引においては、先物取引の仕組みと危険性を理解しうる能力と損失に堪えうるだけの十分な資力が最低限必要であって、これを有しない者を勧誘することは許されない。
原告は、僅かな現物株式取引の経験があるに過ぎず、先物取引については全く知識も経験もなかった。
また、本件取引当時、原告の年収は手取り六六〇万円程度、原告所有の居宅の評価額は三〇〇〇万円程度、原告の預金は三〇〇万円程度であったが、右預金は子供の教育資金を含めた生活資金であった。
したがって、原告は、先物取引不適格者とまではいえなくとも、取引の意欲及び余裕投資資金に欠ける者であり、取引適合性を有しないというべきであって、これを知りつつ先物取引に引きずり込み、それを継続させた被告の行為は、適合性違反の違法を構成する。
(2) 無差別電話勧誘禁止違反
商品先物取引は、危険性の極めて高い取引であり、本来、自ら積極的に取引の意向を有する者が参入することは格別、そのような投資の意向を有せず、また取引経験もない一般消費者への勧誘が許容される性格の取引ではない。
無差別電話勧誘は、明らかなプライバシー侵害行為であり、商品取引に関心がない者を、相対的・密室的勧誘方法により危険な取引に引きずり込む端緒となるもので、旧受託業務指導基準で禁止されており、また、その趣旨は、現行の規則にも引き継がれているところである。
被告従業員は、一面識もない原告の職場にいきなり電話して勧誘したが、これは無差別電話勧誘にあたり、違法である。
(3) 断定的判断の提供
商品取引所法その他においては、顧客に対し、利益が生ずることが確実であると誤解させるような勧誘は禁止されている。
乙山らは、「絶対に損をさせない。一週間位で終了させる。」などと、確実に利益が上がる旨の断定的判断を提供し、原告をしてその旨誤解せしめて取引を委託させ、その後の取引においても、前記主張とおりの断定的判断の提供を行った。
(二) 取引内容の違法性
(1) 新規委託者保護管理規則違反
旧新規委託者保護管理規則によれば、商品取引員は、取引開始後三か月以内の新規委託者からは、原則として、二〇枚を超える建玉を受託してはならないとされており、これは現在の受託業務指導基準(社団法人全国商品取引所連合会策定)により作成が義務づけられている受託業務管理規則に受け継がれている。
原告は、先物取引の経験が全くない新規委託者であるのに、被告は、取引開始後一〇日で、所定の適正な審査を経ず、原告の建玉枚数を八〇枚に至らせ、取引開始後三か月以内に最大二四〇枚の建玉を受託した違法がある。
(2) 不適正な売買取引行為(途転・両建玉・直し他)
手数料取得目的での無意味な反復売買は旧取引所指示事項七条により、委託者の十分な理解を得ないで、短期間に頻繁な取引を勧めることは商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項2(1)により、それぞれ禁止されている。
右反復売買ないし頻繁取引にあたるかについては、農水省の委託者売買状況チェックシステムの具体的運用基準が重要な指標になる。
右チェックシステムは、委託者保護の強化等を目的として導入されたものであり、その具体的運用基準は、売り直し・買い直し、途転、手数料不抜け、両建等の特定取引の比率を二〇パーセント以内、売買回転率は月三回以内、手数料化率は一〇パーセント程度とされている。
本件取引においてこれを検討するに、金取引及び白金取引をそれぞれ別個に取り出してみると、六月一日の金の買い直し、七月一三日の白金の途転の他は、前掲の特定売買とされるものはない。しかしながら、金と白金は同じ値動きをするものであり、被告は、特定売買に関する主務省の行政指導を脱法するために、金と白金を巧妙に使い分けている。手数料稼ぎの頻繁売買認定の指標として特定売買を捉える以上、右のような脱法行為を防ぐためにも、厳密な意味で、所轄省庁や取引所が定義するようなもののみならず、同じ機能を有する取引についても含めて違法性を検討すべきである。すなわち、五月二五日、六月五日及び同月一六日の実質的両建並びに五月二九日、同年六月一六日、同月二三日、七月一一日及び同月一二日の実質的途転も含めて、本件取引の違法性を検討すべきである。
とすれば、原告の建ち落ち二二回の取引のうち、特定売買は、実質的なものを含めて一九回(八六パーセント)であり、手数料比率は、八四パーセント(差引損益六〇三万七七四七円のうち、五〇六万四四〇〇円)であることになる。
したがって、本件取引は、手数料稼ぎを目的とした頻繁売買であり、違法である。
(3) 仕切り拒否
被告は、先物取引受託契約上の義務として、委託者が仕切りを求めたときにはそれに応じる義務を負担しているのに、右義務に違反して、仕切りに応じなかった違法がある。
(三) 丙川らのこれらの行為は、先物取引業者としての注意義務に違反するばかりではなく、その個々の行為において違法性が高く、また、一連の行為が全体としても不法行為を構成するというべきである。
そして、右一連の行為は、組織体としての被告の企業活動の一環として行われたものであるから、被告自身が不法行為の主体として、民法七〇九条に基づく責任を負う。
また、丙川ら被告の従業員らがなした右一連の行為は、被告の事業の執行についてなされたのであるから、被告は、民法七一五条に基づき使用者責任を負う。
4 損害
右被告の不法行為により、原告は、次のとおりの損害を被った。
(一) 取引差損
六〇三万七七四七円
(二) 弁護士費用
六〇万三〇〇〇円
合計 六六四万〇七四七円
5 よって、原告は、被告に対し、民法七〇九条又は七一五条に基づき、不法行為による損害賠償請求として六六四万〇七四七円及びこれに対する不法行為後である平成八年二月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1(一) 請求原因1(一)のうち、原告が当時四〇歳の金融機関職員であったことは認め、その余の事実は知らない。
(二) 同(二)の事実は認める。
2(1) 同2(一)(1)のうち、甲野が、原告に対し、電話勧誘をしたことは認めるが、その余の事実は知らない。
(2) 同(2)のうち、甲野が、五月一二日、原告と面談したこと、甲野が原告の勤務先がある地区を担当していたこと、同人が、金の先物取引を勧誘したことは認めるが、原告が取引を断ったことは否認し、その余の事実は知らない。
被告従業員が訪問を行う相手は、先物取引にある程度興味を示した者のみである。
(3) 同(3)のうち、甲野が、原告の勤務先に電話をし、原告に金の先物取引について説明をしたことは認めるが、原告が取引を断ったこと、甲野が「金を五〇枚買いました。」などと述べたこと、原告がこれに抗議したことは否認し、その余の事実は知らない。
新規に取引を始めるには、顧客から約諾書を取り、資金を預かり、口座を開設しなければならないのであって、無断売買できるはずはない。
したがって、甲野が、「金を五〇枚買いました。相づちを打った。それで注文した。」など主張したということは考え難い。
(4) 同(4)のうち、原告が乙山と電話で話したことは認めるが、その内容は否認する。
原告は、乙山の説明に納得し、先物取引を開始すると述べたので、乙山は、原告に面会を求め、原告は、これを承諾したのである。
(5) 同(5)のうち、乙山が原告と会い、損をさせないように、また取引を一週間位で終わらせるよう努力する旨発言したこと、原告が買建玉を承諾したこと、乙山が入金予定を聞いたところ、原告が翌日の昼過ぎになると答えたことは認め、その余の事実は否認する。
乙山が、原告に対し、「絶対に損はさせない。一週間位で終了させる。」と確約したことはない。
(6) 同(6)のうち、乙山が原告に預かり証を渡したこと、原告から委託証拠金一二〇万円を受け取ったこと並びに原告が申出書及び充当同意書に署名捺印し、乙山に交付したことは認め、その余の事実は否認する。
原告は、約諾書及びお届け印についての書面に、五月一五日に署名捺印しており、乙山は、同日、同書面を被告に持ち帰っていた。
(二)(1) 同(二)(1)のうち、乙山の勧誘の内容及び原告がこれを承諾したことは認め、その余の事実は否認する。
(2) 同(2)のうち、原告から二二五万円の振込送金があったこと、原告が電話で「月末までに処分してくれ。」といったことは認め、その余の事実は知らない。
(3) 同(3)のうち、乙山の勧誘の内容及び原告がこれを承諾したことは認め、その余の事実は否認する。
原告は、この時点で白金の取引で利益が出たことを喜び、乙山の勧めに対し、「そうしてくれ。」と建玉を承諾したのである。
(4) 同(4)のうち、乙山の勧誘の内容及び原告がこれを承諾したことは認め、その余の事実は否認する。
原告は、「そうしてくれ。」と承諾しただけで、手数料の話を持ち出していない。
(5) 同(5)のうち、丙川の勧誘の内容、原告が妻への説明を求めたこと、丙川が原告の妻に連絡し説明したこと及び原告と会うことになったことは認め、その余の事実は否認する。
丙川が、原告の妻に連絡を入れたのは、原告から依頼を受けたからであって、原告が仕切りを求めたことはない。
(6) 同(6)のうち、丙川が資金捻出の努力を求め、現金でなくとも株券でもよいと述べたことは認め、その余の事実は否認する。
丙川が、原告から依頼されたのは、うまく処理して利益を出して欲しいということだけであり、仕切りを求められたことはない。
(7) 同(7)のうち、丙川の勧誘の内容及び原告がこれを承諾したことは認め、その余の事実は否認する。
(8) 同(8)のうち、丙川の勧誘の内容及び原告がこれを承諾したことは認め、その余の事実は否認する。
追証は、委託証拠金の半額以上の損が出た場合に必要となるのであって、この時点で、原告には必要なかった。
したがって、丙川が、追証の危険があると述べるはずはない。
(9) 同(9)のうち、丙川が、「相場が逆に動いているので損切りする。」といったこと及び金五枚の買建玉を仕切ったことは認め、その余の事実は否認する。
(10) 同(10)のうち、丙川の勧誘の内容及び原告がこれを承諾したことは認め、その余の事実は否認する。
(11) 同(11)のうち、丁山の勧誘の内容(追証になると述べた点を除く。)、原告が丙川から電話が欲しいと述べたこと、丙川と原告との会話の内容は認め、その余の事実は否認する。
(12) 同(12)の事実は認める。
(13) 同(13)のうち、丙川の勧誘の内容及び原告がこれを承諾したことは認め、その余の事実は否認する。
(三)(1) 同(三)(1)のうち、原告が、丙川に対し、「損が出ている。建玉を早めに仕切って行きたい。」旨伝えてきたことは認めるが、それが直ちに取引の終了を求める趣旨であったことは否認し、その余の事実は知らない。
原告が、被告に対し、「損してでもかまわない。何とか建玉を処分してくれ。」などと仕切りを求めたことはなく、丙川の方が、「損切りしてでも落としていった方が良い。」と勧めていたくらいである。丙川は、原告に対し、「値段を見ながら落として行きましょう。」と答え、できるだけ原告の利益になるように建玉を仕切って行くことを提案したものであり、原告もこれを承諾していたものである。
(2) 同(2)のうち、原告が丙川に電話してきたことは認めるが、その余の事実は否認する。
原告は、「どうなっているか。」と、様子をうかがうため電話してきただけであり、これに対し、丙川は、相場の状況を説明したものである。
(3) 同(3)のうち、原告が丙川に電話してきたことは認めるが、その余の事実は否認する。
原告は、「きちんと対処してくれているのか。」と電話してきただけであり、直ちに仕切るよう求めてきたのではない。
(4) 同(4)のうち、原告が電話してきたことは認めるが、その余の事実は否認する。
原告は、「相場はどういう状況か。善処してくれているか。」という趣旨の電話をしてきただけであり、丙川は、相場の状況を説明した上で、金五枚を仕切るよう勧め、原告の承諾を得たのである。
(四) 同(四)の事実は認める。
3(一)(1) 同3(一)(1)の事実は否認し、主張は争う。
原告は、大阪市中央信用金庫関目支店副長であり、社会的地位を有する金融関係の専門家である。年齢も四〇歳であり、一般常識・見識において、通常人より優れている。
また、原告の年収は六六〇万円程度、資産は三〇〇〇万円程度、預金は三〇〇万円程度であったということであるから、委託証拠金をまかなうだけの余裕資金を有していた。
さらに、原告は、先物取引と同様、投機性を有する株式現物取引の経験を有している。
したがって、原告は、先物取引の仕組みと危険性を理解し得る能力と損失に耐え得るだけの十分な資力を有していたといえ、取引不適格者とは認められない。
(2) 同(2)の主張は争う。
被告は、金融関係者の名簿に基づいて、原告に対する電話による勧誘を行い、原告がある程度興味を示したので勧誘を続行したものであり、これを無差別電話勧誘ということはできない。
(3) 同(3)の事実は否認し、主張は争う。
甲野及び乙山は、原告に対し、受託契約準則、危険開示告知書、「商品先物取引―委託のガイド」等の関係書面を交付し、商品先物取引のしくみ(特に委託証拠金制度、損益の計算方法等)、上場商品及び情報収集の方法等の基本的知識について説明し、その投機的本質について危険開示を行っており、「絶対に損はさせない。」などと確実に利益が上がる旨の断定的判断の提供はしていない。
また、乙山は、原告との契約締結の際、損勘定となった場合には、委託追証拠金が必要になること、その場合の対処方法である両建、難平、損切りについても説明をしている。
その後の取引においても、乙山、丙川らは、原告に、相場の状況を説明し、それに対しどのように対処するかについて助言はしたが、確実に利益が上がる旨の断定的判断の提供はしていない。
先物取引の勧誘ないしその後の取引に際して、断定的判断の提供があったか否かの判断は、その相手方の社会的地位、知的水準ないし教養、取引経験、資力等を総合して考慮して相対的に判断されるべきものである。原告は、信用金庫に勤務する副長であって、金融関係の専門家であり、その社会的地位、知的水準ないし教養は相当高いと認められ、また、株式投資の経験があり、資力もあるから、被告の原告に対する説明のなかに、多少のセールストークが混入したとしても、原告がそれを盲信することは考え難い。
したがって、これをもって断定的判断の提供とはいえない。
(二)(1) 同(二)(1)の事実は否認し、主張は争う。
被告の受託業務管理規則によれば、新規委託者からの売買の受託は、二〇枚までは担当外務員の判断で行えるが、委託者から右判断枠を超える建玉の要請があった場合には、管理担当班責任者の審査を経なければならず、右責任者は、その審査内容を、速やかに総轄責任者に調書を添えて報告することになっている。
原告からの二〇枚を超える建玉要請についても、このような適正な審査を経て、受託されたものであり、違法ではない。
(2) 同(2)の主張は争う。
六月一日の時点では、原告の取引には利益が出ていたし、この日の取引において、さらに四三万五五五六円の利益が上がったのであるから、乙山が、原告に利益の確定を勧めても、違法とはいえない。
また、金と白金は似た値動きはするものの、商品が異なる以上、同一ではあり得ず、これを実質的両建ないし途転ということはできない。
原告は、自らの判断と意思により取引を行ったものであり、この過程における被告の受託業務遂行行為に違法性はない。
(3) 同(3)の事実は否認し、主張は争う。
(三) 同(三)の主張は争う。
4 同4のうち、原告が、六〇三万七七四七円の取引差損を出したことは認め、弁護士費用については知らない。その余の事実は否認する。
三 抗弁(過失相殺)
仮に、被告に何らかの損害賠償責任が存するとしても、原告に損害の発生及び拡大につき過失があるので、過失相殺されるべきである。
すなわち、原告は、前記のとおり、判断能力において、通常の社会人よりも優れているし、本件契約締結の際、被告から商品先物取引委託のガイド(危険開示告知書を含む)や受託契約準則などの交付を受けているから、これらを精読して商品先物取引の仕組みや短期間に大きな利益を得られる反面多大な損失を被ることがあるなどの商品先物取引の危険性について十分理解し得る状況にあった。
原告は、被告に対し、先物取引の危険性を了知した旨の約諾書や申出書を差し入れており、取引の過程においても、被告の従業員らは、取引の仕組みや危険性、相場の状況等を十分説明していた。仮に、原告がその説明を理解できなければ、さらに説明を求め得た。
したがって、仮に、被告に不法行為責任が認められるとしても、原告は、先物取引の仕組みや危険性等を理解しようとせず、被告従業員らの助言に完全に依存し、それを盲信したものであって、損害の発生及び拡大について落ち度が認められるから、少なくとも八割の過失相殺がなされるべきである。
四 抗弁に対する認否
抗弁は争う。
第三 証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
第一 請求原因について
一 請求原因1(一)のうち、原告が当時四〇歳の金融機関職員であったこと、同(二)の事実、同2(一)(1)のうち、甲野が原告を電話勧誘したこと、同(2)のうち、甲野が原告と面談したこと、甲野が原告の勤務先のある地区を担当していたこと、同人が先物取引を勧誘したこと、同(3)のうち、甲野が、原告の勤務先に電話し、原告に金の先物取引について説明したこと、同(4)のうち、原告が乙山と電話で話したこと、同(5)のうち、乙山が、原告に、損をさせないように、また取引を一週間位で終わらせるよう努力する旨発言したこと、原告が買建玉を承諾したこと、乙山が入金予定を聞いたところ、原告が翌日の昼過ぎになると答えたこと、同(6)のうち、乙山が原告に預かり証を渡したこと、原告から委託証拠金一二〇万円を受け取ったこと、原告が申出書及び充当同意書に署名捺印し、乙山に交付したこと、同(二)(1)のうち、乙山の勧誘の内容及び原告がこれを承諾したこと、同(2)のうち、原告から二二五万円の振込送金があったこと、原告が電話で「月末までに処分してくれ。」といったこと、同(3)及び(4)のうち、乙山の勧誘の内容及び原告がこれを承諾したこと、同(5)のうち、丙川の勧誘の内容、原告が妻への説明を求めたこと、丙川が原告の妻に連絡し説明したこと及び原告と会うことになったこと、同(6)のうち、丙川が資金捻出の努力を求め、現金でなくとも株券でもよいと述べたこと、同(7)及び(8)のうち、丙川の勧誘の内容及び原告がこれを承諾したこと、同(9)のうち、丙川が、「相場が逆に動いているので損切りする。」といったこと及び金五枚の買建玉を仕切ったこと、同(10)のうち、丙川の勧誘の内容及び原告がこれを承諾したこと、同(11)のうち、丁山の勧誘の内容(追証になると述べた点を除く。)、原告が丙川から電話が欲しいと述べたこと、丙川と原告との会話の内容、同(12)の事実、同(13)のうち、丙川の勧誘の内容及び原告がこれを承諾したこと、同(三)(1)のうち、原告が、「損が出ている。建玉を早めに仕切って行きたい。」旨伝えてきたこと、同(2)ないし(4)のうち、原告が丙川に電話してきたこと、同(四)の事実、同4のうち、原告が、六〇三万七七四七円の取引差損を出したことは、当事者間に争いがない。
二 右争いのない事実、<証拠略>によれば、次の事実が認められる。
1(一) 原告は、五月九日ころ甲野から先物取引の勧誘を受けた当時、四〇歳で、大阪中央信用金庫関目支店副長(三席)であり、それまで、転換社債約五〇万円及び現物株式二〇〇万円程度を買った経験はあったが、先物取引の経験はなかった。
原告の当時の年収は約六六八万円であり、預貯金約三〇〇万円、自宅(当時の評価額約三〇〇〇万円)を有していた。
(二) 被告は、商品先物取引業者であり、原告との取引の担当従業員は、主に甲野、乙山及び丙川であった。
2(一) 取引の端緒
(1) 甲野は、五月九日ころ、金融関係者の名簿に基づいて原告の勤務先に電話し、原告に金の先物取引を勧誘し、原告の勤務先が同人の担当地区内にあるので、あいさつに寄らせてもらいたい旨申入れたが、原告は、「いるかいないか分からない。」と述べた。
(2) 甲野は、同月一二日午前一一時ころ、原告を勤務先に訪問し、パンフレットや三〇〇万円を先物取引に投資した場合についてのチャートを渡し、先物取引の単位が「枚」であること等を説明するとともに、「今、金が絶好の買い時です。」、「一〇円上がればこれだけ儲かる。」等と述べて、金取引の有利性を強調し、金の先物取引を勧誘し、原告は、「自分なりに勉強してみて興味が出てくるようであれば考えるけれども、今は結構です。」と応えた。
(3) 甲野は、同月一五日午前九時過ぎ、勤務先の原告に電話をかけ、金の値動きについて説明し、金五〇枚(三〇〇万円)の取引を勧誘したが、原告は、三〇〇万円もの資金の余裕は今はないと断った。
ところが、甲野は、その後三〇分位して、再度原告に電話をかけ、さらに強く取引を勧め、原告が再度断ったものの、甲野が話をしていたときに、原告が相づちを打ったので、金五〇枚の取引の委託をしたことになると主張した。
原告は、甲野に抗議したが、同人がこれに応じなかったため、原告は一旦電話を切った。
(4) その後、原告は、自分が委託してはいないのに取引がなされるのではないかという懸念から、甲野の上司に確認しようと考え、被告に電話した。
そして、原告は、甲野の上司である乙山に対し、今回は取引を断りたいのだが、甲野の強い勧誘を受けて困っていると話し、自分が委託をしていないのに取引がされていないか確認するよう求めた。
これに対し、乙山は、原告に対し、甲野に事情説明を求めていたところだが、本当であれば、甲野の外務員資格の取消も十分考えられるなどと述べた上、金の相場状況やどれだけの利益が見込めるかを説明し、再度、金五〇枚の取引を勧め、資金的に難しいと述べる原告に三〇枚は他の顧客に委託したことにしてもらうので、二〇枚は原告が委託したことにして欲しいと依頼した。
そして、乙山は、原告に対し、甲野の言動について、「功を焦っての行為であると思われるが、ただ、私も課長職をしている手前、このまま放置できないので、ぜひとも本日直ぐにでも出向いて説明させてもらいたい。」、「二〇枚だけでも引き受けて欲しい。」などと述べ、原告との面会の約束を取り付けた。
なお、乙山は、その際、原告の職業を認識していたが、原告の顧客カードを見ておらず、原告の資産状況を知らなかった。
(5) 乙山は、同日午後二時ころ、原告に会い、「迷惑をかけた。甲野は若い将来のある身だ。今回のことが公になれば、外務員資格を失うこともあり得る。取引所にも報告しなればならず、取引所からの調査もある。髙本さんにも迷惑がかかる。ここは穏便に済ませて欲しい。」、「今後は、乙山が最後まで迷惑をかけない形で、終わらせます。五〇枚のうち二〇枚について持っていていただけないか。」などと述べ、チャートを示しながら先物取引について説明して取引を強く勧め、「今の相場状況ならば、誰がやっても結果が出る。」、「損をさせないように努力する。」旨述べた。
乙山は、「一週間ぐらいで何とかなるものなのか。」との原告の質問に、「短期的に利益をとっていけると思います。」と答え、「取引を一週間位で終わらせるよう努力する。」と述べた。
そこで、原告は、乙山らの立場に同情し、先物取引の経験がないことを明らかにした上で、金二〇枚の建玉を承諾し、乙山の「資金については通常翌日の午前中ということになっているが、今回のケースはいつまでに入金してくれとはいわない。ただ、経理に対する報告の都合もあるので、入金予定を教えて欲しい。」との質問に対し、「資金を準備するために他店の定期を解約しなければいけない。明日の昼過ぎになる。」などと答えた。
そして、原告と乙山は、翌日の昼以降、委託証拠金の受渡しのために、再会することにした。
(6) 乙山は、五月一六日午後二時ころ、原告に会い、委託証拠金一二〇万円を受領し、預かり証、商品先物取引委託のガイド(別冊も含めて二冊・乙一号証の一及び二)及び「約諾書及び受託契約準則」(乙二号証)を交付した。そして、原告は、約諾書(乙三号証)に署名押印したが、その際、乙山から、「昨日の取引であるということになっている。昨日付けにしてくれ。」と頼まれ、日付を前日付けとした。さらに、原告は、乙山から、「経理関係の仕事をしている方には、自筆で自分の資金の範囲で取引をするとの申出書を書いてもらいたい。」といわれ、乙山が持参したひな形を見ながら、申出書(乙四号証)を作成し、署名押印するとともに、準備金の充当同意書にも署名押印した。
原告は、乙山に対し、取引を早期に終了させるよう求め、乙山も、一週間程度で取引を終了させる旨述べた。
乙山は、同日午後二時三一分、原告注文の金二〇枚の買建玉をした。
(二) 取引の経緯
(1) 乙山は、原告に対し、同月二五日午後二時三〇分ころ、電話し、金相場の下落を伝えた上、貴金属の値段が全般に下げの状況にあり、損を取り戻すためには多くの建玉をする必要があるとして、白金を六〇枚売建玉するよう勧め、「いっていることと違うじゃないか。」と抗議する原告に、「下げの方向で利益が取れそうですから、取引の進行を任せて欲しい。」旨述べた。
原告は、資金調達が難しいと述べたが、乙山は、「プラチナの方が下げ幅が大きい。白金を四〇枚建てることによって現状でとんとんになる。プラチナを二〇枚上乗せすれば、値段が下がれば下げるほど儲かる。」と、白金の取引を勧誘した。原告は、乙山に対し、短期で処分して欲しい旨述べた上、これを承諾した。
乙山は、その際、原告には、被告と取り引きする以前に先物取引の経験がないこと及び新規委託者保護管理規則により、新規委託者からは、原則として二〇枚以上の建玉を受託してはならないことを知っていた。そこで、乙山は、右取引について、口頭で上司に報告し、後日、五月二五日付けで受託契約準則所定の審査がなされ、委託者調書(甲九号証)が作成された。
(2) 原告は、妻に事情を説明し、妻の親から、先物取引に使用するといわずに二二五万円を借り受け、翌日、それを委託証拠金として被告に振込送金した。
原告は、乙山に電話し、資金的に苦しいと述べた上、「月末までには何とか処分してくれ。」と依頼した。
(3) 乙山は、原告に対し、同月二九日、電話し、貴金属類が下げ止まった感があり、再度上げの状況に入るという見通しを説明した上、「プラチナを仕切って利益を確定して下さい。ゴールドの難平をして単価を下げてくれ。平均の値段を下げて利益を出していきましょう。」などと述べた。
原告は、右仕切りによって、利益が出ると聞き、乙山の勧めに応じ、白金六〇枚の売建玉を仕切り、金四七枚の買建玉をすることにした。
(4) 乙山は、六月一日、原告に電話し、「ここで落として、利益を確定させましょう」、「相場が透明に見えてきたので、とにかく利益を取りましょう。」、「利益を確定した方がいい。元になる枚数が増えれば、利益も増える。利益金を委託証拠金に入れて、枚数を増やしましょう。」と金の買建玉の仕切りと利益金を委託証拠金に入れての金の建玉を勧誘した。
原告は、これに応じて、金四七枚の買建玉を一旦仕切り、金五〇枚の買建玉をすることにした。
(5) 丙川は、同月五日午後二時三〇分ころ、原告に電話し、「乙山が出ているので電話させてもらった。」、「乙山から、当初に、ご無理を申し上げてやっていただいている旨の報告を受けており、私も当初の事情は十分理解している。」などと述べた上、「今日は金が大幅に下落している。今後、金が下げそうだ。反対玉を建てておいた方がいいのではないですか。金の買建玉が七〇枚あるから、白金で一四〇枚の売りを建てて下さい。それで、とんとんになる。」などと勧誘した。丙川は、「資金的にしんどい。これ以上資金を出すとなると、女房にも説明してほしい。」などと原告が述べたため、同日午後三時過ぎ、原告の妻に電話し、心配であると述べる原告の妻に相場状況を説明した上、「利をもっと取りましょう。」などと述べた。
丙川は、その後、再度原告に電話し、「奥さんと話をして、大変なことは分かった。」などと述べた上、さらに取引を勧め、原告は、建玉を承諾した。
そして、原告は、丙川から右取引の意味を直接会って説明したいといわれ、同日午後六時ころに会うことにした。
なお、丙川は、新規委託者保護管理規則の内容を知っていたが、右取引について、特に社内手続を取らなかった。
(6) 丙川は、原告に会い、再度、相場状況を説明し、「本当であれば、値が下がって来るから、もっと多く建てておいた方がいいのだが。資金については努力していただきたいが、方法はいろいろある。現金でなくとも株券でもいいのです。経理には私から事情を伝えるが、いつまでに入金してくれるか。」、「手数料は別にして利益が現在出ているが、目標としては利益を乗せた形で返したい。」などと述べた。
また、丙川は、これ以上の資金を用意するのは難しい、親に借金を返さなければならないので、元本が確保できるのなら、速やかに取引を終了してほしいと述べる原告に対し、「相場が上がれば買いを、下がれば売りをそれぞれ落としていきます。」と述べた。
原告は、預金を解約して、被告に対し、同月六日、二三〇万円を、同月七日、一四七万円を、同月九日、七五万円を、同月一二日妻名義の株式二〇〇〇株をそれぞれ交付して、合計五二五万円の委託証拠金を預託した。
(7) 丙川は、原告に対し、六月一六日、電話し、「金を仕切って利益を取って欲しい。上がるというのはそれなりの要因が必要だ。相場は下がるときには下がる。ここは売りを建ててくれ。金より白金が委託証拠金が安いから、白金の売りを作りましょう。当初の二〇枚の金の損は取り返せる。」、「相場が上がっても売りを落としていって、買いを入れたらいい。」と、金を仕切って白金の建玉をするよう勧誘した。
原告は、既にある建玉を仕切ることで委託証拠金が準備でき、新たな委託証拠金を預託しなくてもいいと聞き、金五〇枚の買建玉を仕切り、白金八〇枚の売建玉をすることを承諾した。
(8) 丙川は、原告に対し、六月二三日、白金の相場が下落していることを伝えた上、「相場が予想に反して動いている。ここは一時損切りして金の買いで対応したい。八〇枚落として金で四五枚買いを入れましょう。」と勧め、原告は、これを承諾した。
(9) 丙川は、原告に対し、六月二七日、「相場が逆に動いている。損切りする。」と伝え、原告がこれを承諾したので、金五枚の買建玉を仕切った。
(10) 丙川は、原告に対し、七月一一日、「金が一〇八〇円を超えてきた。金を落として利益を取ってくれ。」と説明して、五月一六日付けの二〇枚と、同年六月二三日付けの四〇枚を仕切るよう勧め、更に、「金を処分して、プラチナの平均を上げましょう。そうすることによって、値段がちょっとでも下がればすぐに決済できる方向でいきます。こうすることによっていい方に進みます。」と伝え、プラチナ一〇〇枚の売建玉を勧め、原告は、これらを承諾した。
(11) 丁山は、原告に対し、翌一二日午前一一時過ぎ、電話し、「丙川とは、髙本さんの件について連絡を密にしているが、丙川が今外出中だ。急ぐので電話した。」と述べた上、白金の価格が二〇円近く上昇したなどと相場の状況を説明し、反対玉を建てるよう勧誘した。原告は、これ以上の資金は出せないと伝えた上、「丙川さんから電話が欲しい。」と述べた。
丙川は、原告に対し、同日昼過ぎ、電話し、「丁山さんに反対玉を建てたらどうかといわれたが、これ以上の資金は出せない。そのような手段はとれん。早めに終わって欲しい。」などと述べる原告に対し、「この範囲の中で対応していきましょう。利の方を取っていきましょう。」、「損切りしてでも落としていった方がいい。」と勧誘した。
原告は、それに応じて六月五日の四〇枚と七月一一日の二〇枚の白金の売建玉を仕切ることを承諾した。
(12) 丙川は、原告に対し、翌一三日、白金の価格がさらに上がったとして、白金八〇枚の売建玉の損切りと白金六五枚の買建玉をするよう勧め、原告はこれを承諾した。
(13) 丙川は、原告に対し、同月一七日、電話し、「追証がかかっていますが、そのまま放置してください。何とか玉を仕切って追証がはずれるようにします。しかし、これは損の確定なんです。これは撤退取引です。」と述べ、自金五〇枚の売建玉を仕切るとともに、七月一三日の白金六五枚の買建玉を仕切り、かつ金三四枚の買建玉をするよう勧め、原告は、これを承諾した。
(三)(1) 原告は、七月二一日、大阪弁護士会を通じて村本弁護士に相談し、その指示により、丙川に対し、電話し、取引の終了を求めたが、「値段を見ながら仕切っていきましょう。」との丙川の提案に、「それならそうしてくれ。」と応じた。
(2) 原告は、丙川に対し、同月二四日、電話し、丙川に相場状況の説明を求め、難平が現実的な対応であると述べる丙川に所要資額金を尋ねるなどした上で、妻の親から早く仕切れといわれており、今日の時点で仕切ってもらおうかと思っているとの認識を伝えたものの、丙川が相当数日数を要するので今の段階では全額戻すとはいえないが、徐々に外して行く方向で随時やっていくようにしたいと説明した結果、その方向で行うよう求めるに留まった。
(3) 原告は、丙川に対し、同月二六日、電話し、相場状況の説明を受けた上、「外していって下さいね。」と述べ、ただ損切りという方向ではと難色を示す丙川に対し、「仕切っていって下さいね。」と依頼したので、丙川は、六月一日の白金一〇枚の売建玉を仕切った。
(4) 原告は、丙川に対し、八月二日昼頃、電話し、相場状況の説明を求めた上、今日でも全ての取引を終了させるように求めたが、丙川の、別に売りたくないわけではなく、手数料を加味してプラスになる格好で仕切りたいものの、原告がそこまでというのであれば損切りにはなってしまうが後場からでもある程度相場を見て外していくようにする、ただ損損損損というような格好では落としたくないというのが本当のところなので、その外し方はもう少し値幅というものをみた上で行いたいとの説明を承諾した。
丙川は、原告に対し、七月一七日付けの金五枚の買建玉を仕切るよう勧め、原告はこれを承諾した。
(四) 村本弁護士は、被告に対し、原告の代理人として、八月七日付け内容証明郵便(同月八日午後〇時一八分到達)によって、取引終了を求めた。被告は、同日、七月一七日の金の買建玉中の残玉二九枚及び六月五日の白金の売建玉中の残玉四〇枚を仕切り、原告の全ての取引を終了させた。
(五) 以上の全取引による売買差損は八一万二〇〇〇円であるが、これに手数料合計五〇六万四四〇〇円、取引税合計九四一五円及び消費税合計一五万一九三二円を加えると、合計六〇三万七七四七円の損失となる。
3 なお、原告は、商品先物取引委託のガイド及び「約諾書及び受託契約準則」には、目を通さなかったものの、送付されてくる委託買付・売付報告書及び計算書、残高通知書には、目を通していた。
以上の事実が認められ、証人乙山次郎、同丙川五郎及び原告本人の各供述のうち、右認定に反する部分は、前記認定に供した各証拠に照らし、措信することができず、他に右認定を左右するに足りる的確な証拠はない。
三 被告は、甲野が原告から約諾書などを受取ったのは、五月一五日であったと主張する。
しかし、前判示のように、原告が、「相づちを打った。」といい張る甲野といい争い、その後、被告に電話し、甲野の上司である乙山に甲野の言動について抗議したところ、乙山が三〇枚は他の客に引き受けてもらう、甲野は今回のことが公になれば、外務員資格を失うこともあり得ると説明したことからすれば、取引をしていなかったにもかかわらず、これをしてしまったと甲野が説明したことを前提として、乙山が原告を勧誘し、当初は必ずしもそのような売買が行われたとは信じていなかった原告もそのように信じ、乙山らの立場に同情して建玉を承諾し、また、乙山はこの説明に辻褄をあわせるために約諾書の日付を遡らせるよう原告に依頼したものと認められる。
したがって、約諾書などを受取ったのは五月一五日であったとする被告の主張は、採用できない。
四 違法性について
1(一)(1) 不適格者勧誘禁止違反について
原告が甲野から取引を勧誘された五月九日ころ当時、四〇歳で、金融機関の管理職であったこと、商品先物取引の経験はなかったが、転換社債や株式を購入した経験はあったこと、通常の社会人として、十分な判断能力を有していたものと認められること、原告の年収は当時手取り六六〇万円程度で、評価額三〇〇〇万円程度の自宅及び三〇〇万円程度の預金を有していたこと、甲野の勧誘に対し、「自分なりに勉強してみて興味が出てくるようであれば考えるけれども、今は結構です。」と応えていることは前判示(二1(一))のとおりである。
そして、右の反応は勧誘する側からすれば、勧誘を重ねて興味を抱かせれば、取引に応じる可能性があると期待するのも無理もない反応であるということができるし、原告が右預金を子供の教育資金に充てる意図を有していたにしても、右預金を使用することは原告の判断に委ねられているから、原告の余裕資金といえないことはないことになる。そうすると、原告を先物取引不適格者ということはできないし、原告が投資の意欲や余裕資金に欠けるということもできないのであって、原告が取引適合性を有しないということはできない。
(2) 無差別電話勧誘禁止違反について
甲野が、原告の職場に電話をかけたことは、前判示のとおりであるが、金融関係者の名簿に基づいて電話したものであること、それに対し、原告は、現在のところ先物取引をする気はないが、将来的には考えるかのような答えをしていたことも、前判示のとおりである。
したがって、甲野が、原告が取引に応じる見込みがあると判断し、相場状況等を詳しく説明し、取引を勧誘したことも必然性がないことではないといえるのであって、右電話をしたこと自体を、社会通念上許されない勧誘態様であったということはできない。
(3) 断定的判断の提供について
乙山が、原告に対し、「今の相場状況ならば、誰がやっても結果が出る。」と述べたこと、先物取引の勧誘をするにあたって、相場の動き等を説明し、取引の危険性については、特に説明しなかったことは、前判示のとおりである。
しかし、原告は、乙山から、商品先物取引委託のガイド、約諾書及び受託管理規則を受取った上、「先物取引の危険性を了知した上で」取引を行うと明記された約諾書に署名押印し、「そのリスクも承知しています。」と自筆で記載した申出書を作成し、同人に交付しており、仮に原告が右ガイド等を読まなかったとしても、前判示のとおり、通常の社会人として判断能力に欠けることなく、かえって、金融機関の職員として金融商品について通常人以上の知識と判断能力を有していた原告が、先物取引に全く危険がないと認識していたとは認め難い。
したがって、右乙山らの言辞をもって、確定的判断を提供したということはできない。
(二)(1) 新規委託者保護管理規則違反について
被告が、受託業務管理規則等を定め、先物取引の経験がなく、取引を始めて三か月以内の保護育成期間内にある委託者からの建玉要請が二〇枚以内であれば担当外務員の判断で受託できるが、二〇枚を超えるときは、管理担当班責任者(副主任者を含む。)は、当該委託者の資質、資力等を、総括責任者又は副責任者に委託者調書を添え報告し、同人らがその取引を妥当と認めた場合に限るものとしていること、原告には、それまで先物取引の経験がなかったこと、五月一六日に二〇枚の建玉がされた後、同月二五日には、保護規定の定める枚数を超えた六〇枚の取引を受託し、その後の受託は、ほぼ全て右規定の定める枚数を超えていること、しかしながら、乙山らが、受託前に受託業務管理規則所定の審査手続をとったことはなく、同月二五日の取引についてのみ、事後的に右審査手続がとられたこと、原告の取引は全て三か月の保護育成期間内になされたこと、その間の建玉は合計六四一枚であることは、前判示のとおりであるから、乙山及び丙川は、受託業務管理規則に違反して、所定の審査手続をとらなかったことになる。
しかしながら、前判示事実によれば、五月二五日の六〇枚の建玉の受託については、事後的ながら委託者調書(甲九号証)が作成され、所定の審査がなされていること、原告は、金融機関職員として、投資や投機の限度額を自ら判断し得る能力を有し、先物取引の危険性を知っていたと認められること、原告は、追証を預託したことはなく、原告が負ったリスクは預託した委託証拠金の範囲内であって、投資経験の乏しい者でも予見しうる範囲内のものであったといえることになるのであって、右社内的手続が履践されなかったことを、不法行為法上の違法事由に該当するとまでいうことはできない。
(2) 不適正な売買取引行為(途転・両建玉・直し他)
途転とは、既存建玉を仕切ると同時に、新たに反対の建玉を繰り返すことをいい、両建とは、同一商品の同一限月につき、売り又は買いの建玉をした後又はそれと同時に、これを手仕舞うことなくこれと反対の売買玉を建てること、直しとは、既存建玉を仕切るとともに、新規に売直し又は買直しを行うことである。
途転及び直しは、旧取引所指示事項及び旧受託業務指導基準において、無意味な反覆売買(短時日間における頻繁な建ち落ちの受託を行い、又は既存建玉を手仕舞うと同時に、あるいは明らかに手数料稼ぎを目的とする新規建玉の受託を行うこと)の具体的内容として禁止されているし、両建については、取引所指示事項及び社団法人全国商品取引所連合会の受託業務指導基準において、委託者の手仕舞い指示を即座に履行せず、新たな取引(不適切な両建を含む。)を勧めるなど、委託者の意思に反する取引を勧めること(取引所指示事項2(2))、委託者の意思に反して不適切な両建を勧めること(受託業務指導基準)が禁止されている。
本件取引においては、六月一日に金の買い直し、七月一三日に白金の途転があったのみであって、被告の勧誘が、取引所指示事項及び受託業務指導基準に反するとはいえない。
この点、原告は、金と白金の銘柄の別にこだわることなく、実質的に両建等に当たるか否かを判断し、それも合わせ考えて、取引所指示事項及び受託業務指導基準に反するか否か判断すべきであると主張する。しかしながら、同指示事項及び同基準がこのような取引を禁止した趣旨は、これらの取引が、類型的に、通常、委託者の利益にならないと考えられるところにある。原告が主張するように、金と白金の相場の値動きが似ているにしても、同一銘柄でない以上、その値動きは常に同一ではあり得ず、相場によっては、金及び白金の売買建玉双方で利益を得又は損失を被ることも十分考えられなくはない。
したがって、このような取引を、類型的に委託者の利益にならないと考えることはできないのであって、このような取引を両建と同列に論じ、その回数を、取引所指示事項及び受託業務指導基準に反するかという評価の判断要素にすることは不適切である。
また、原告は、右取引所指示事項及び受託業務指導基準違反にあたるかについては、農水省の定める委託者売買状況チェックシステムの具体的運用基準が重要な指標になると主張するが、右チェックシステムは、商品取引員の受託した全取引内容を事後的に評価するものであり、個別事案の違法性の評価に関わるものではない。相場が上がることを予想して買建玉をしたが、相場の流れが変わった場合、手数料不抜けであっても、直ちに買建玉を打ち切ることは不合理ではないのであって、相場の動向を無視して、結果だけから論ずるのは相当でなく、原告主張のような個別事案における数値化は無意味である。
更に、本件取引において、六月一日の金の買い直し、七月一三日の白金の途転の他は、特定売買とされるものはないことは、原告も認めるところである。そして、右二つの取引のうち、六月一日の買い直しは利益金を委託証拠金に入れて新たな取引を行うためしたものであるし、七月一三日の途転は白金の価格が更に上昇したという状況下において、売建玉を損切りし、買建玉をするためにしたものであることは前判示のとおりであって、右取引が、取引所指示事項及び受託業務指導基準に反するものであるということはできない。
(3) 仕切り拒否
原告が、被告に対し、平成七年五月の時点で、同月末までで取引を終了するよう求めていたこと、その後も早期の取引終了を希望していたことは、前判示のとおりである。
しかしながら、原告は、村本弁護士に相談した七月二一日以降においても、丙川らに電話をかけた際、「値段を見ながら仕切っていきましょう。」との提案に対し、「それならそうしてくれ。」と答えたり、丙川の新たな建玉勧誘に対し、どの程度資金を入れたらいいのか尋ねた上で建玉を控えるなどしていることなど前判示の本件取引経過からすれば、原告は、取引開始後、可及的速やかに取引を終了させたいと考えつつも、預託した委託証拠金を全て回収することを希望し、丙川からは目標としては利益を乗せた形でお返ししたいと説明されて取引を継続していたし、七月二一日に村本弁護士に相談した後も、新規に多額の委託証拠金を支払わなくてもよいならば、損失を縮小するために新たに建玉をすることをも検討しようとしていたもので、少なくとも八月二日までの間は、原告としても、なるべく損失が出ない形で可及的速やかに建玉を仕切っていくという丙川らの説明を受入れて取引を継続することを承諾し、損が生じても即時に全建玉を仕切るよう明確には求めていなかったといえることになる。
このことに、被告が村本弁護士の内容証明郵便が到着した直後に全建玉を仕切っており、原告自身が断固として全建玉の仕切りを求めれば、丙川らがこれを拒否したとは考えにくいことを考え合わせれば、七月二一日以降の経過は、原告の優柔不断ともいうべき行動を見た丙川らが、原告の委託の趣旨を、なるべく早期に、損害が少なくなるように仕切ってくれという内容であると理解し、建玉を即座に仕切らなかったものと認めるのが相当なのであって、被告が仕切りを拒否したものとは認められない。
(三) なお、本件取引開始前に、甲野が、原告に対し、金五〇枚の建玉を既に現実に取引したととれる言動をしたこと、乙山も、原告に対し、現実には取引していない旨明言しなかったことは前判示のとおりであるが、乙山は、原告に責任があるとして委託証拠金の預託を迫ったのではなく、それが表面化すれば甲野が外務員資格を失うこともあり得るので、穏便に処理したいとして原告に建玉の追認を要請し、原告は、乙山らの立場に同情する気持ちからこれを承諾したもので、原告が右取引を承諾したこと自体は、原告の自由意思に基づくものであるということができるから、甲野の勧誘行為とその後の取引との間に因果関係はないし、乙山の勧誘行為をもって、違法ということもできない。
五 以上のとおり、丙川らの受託行為に新規委託者保護管理規則違反の点は認められるものの、それのみで本件取引を違法とするものではないし、また、同人らの一連の行為を全体としてみても、違法性を有するとはいえないから、被告について民法七一五条に基づく使用者責任が成立するとは認められない。
また、本件において、被告が組織体として原告に対し違法な行為をしたとの事実を認めるに足りる証拠も見当たらないから、被告自体についての不法行為も成立しないといわなければならない。
第二 結論
よって、原告の本件請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから棄却することとし、訴訟費用について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官見満正治 裁判官松井英隆 裁判官森岡礼子)
別紙先物取引経過一覧表<省略>